「 2015年08月 」一覧

美味しいコーヒーの産地 ~インドネシア~


エチオピア、イエメン、インドと来て、次はインドネシアです。
コーヒーの歴史にはイスラム教とその地域の歴史が深く関係していますが、インドネシアのコーヒーはヨーロッパ人の手により商業目的で移植され、そして発展を遂げてきました。
そのせいもあって、比較的容易に史実を調べることが可能です。

1658年 インドネシア スラウェシ島 オランダ東インド会社が移植を試みる
1680年 インドネシア ジャワ島 イエメン・モカからコーヒーの苗木が移植される
1696年 インドネシア バタヴィア(ジャカルタ)にプランテーションが設置された
1706年 ジャワからアムステルダム植物園にコーヒーの木が届く。
1715年 この木の種子が1715年頃スリナムで育てられ、フランス領ギアナへ伝わった。
1731年 オランダは一時的に停止していたセイロン島でのコーヒー栽培を再開する。
1880年頃 セイロン島のコーヒーはさび病で壊滅し、島では茶の栽培が始められた
     ジャワ島のコーヒーもさび病で壊滅し、従来植えられていたアラビカ種に代えて病虫害に強いロブスタ種が栽培されるようになる。

歴史を見ると、インドネシアで育てられたコーヒーの木がヨーロッパの王室付き植物園に献上され、そこから大西洋を経てアメリカ大陸にコーヒーが伝わったことが判ります。
インドネシアのコーヒーは、コーヒー史の一つの転換点とも言えるのではないでしょうか。

上記年表の最後にあるように、19世紀後半~20世紀初頭に伝染病の一つである「さび病」が流行し、壊滅してしまいます。その後に植え直されたコーヒーは「カネフォラ種ロブスタ」と呼ばれるコーヒーで、それまでのアラビカ種と異なり、低地でも育ち、病害虫に強い特徴を持ったものでした。

しかし、ロブスタは風味的にはアラビカ種より劣り、取引額は非常に安くて、主に工業用加工品(缶コーヒー、添加物)として利用されています。

現在のインドネシアでは、生産量の90%がロブスタ、10%がアラビカです。

わずか10%のアラビカ種ですが、インドネシアのコーヒーは世界的にも特別なコーヒーとして扱われる高い品質を誇っています。

有名なのは
・スマトラ島の「マンデリン」
・スラウェシ島の「トラジャ」

があります。

風味ですが、浅煎りではベリーのような甘酸っぱさが感じられ、
深煎りにするとチョコレートフレーバー、またマンデリンには独特の土の風味が感じられます。

この風味が世界中のコーヒー愛好家を魅了してやまないのですが、この風味の由来はインドネシア独自の生産処理方法にあります。
他の国のコーヒーは、収穫後に果肉月のまま乾燥させるナチュラル製法、果肉を除去して殻を水洗いする水洗式製法がありますが、スマトラのマンデリンは、種の殻も最初に取り除き、生豆の状態で乾燥させます。
この方法は、雨の多いインドネシアで、いかにコーヒー豆を乾燥させるかを考慮した結果生まれた製法ですが、この方法がコーヒーに独自の風味を与え、世界中に愛好家を増やしています。



美味しいコーヒーの産地 ~インド~


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CAFE LUA CHEIAのこだわりのコーヒー
当店自慢の深煎りコーヒー。amazon倉庫からの発送ですので、最速で当日、通常配送でも2日以内にお届け可能です。
amazon恐るべしですね~

今回は「粗挽き」の商品になります。 
 
・マンデリン・ブルーバタック(深煎り)

 
・タンザニア・モンデュール(深煎り)

 
 
品切れになるのが早くて、在庫補充がなかなか追いつかなくて申し訳ありません。

その他商品は、今後在庫を補充していきます。

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インドは紅茶の産地として良く知られていますが、実はコーヒーの産地としても古くから知られています。
歴史的に見ると、インドはエチオピア、イエメンという発祥地以外に初めてコーヒーが移植された地でもあります。

インドに初めてコーヒーを持ち込んだのは、インド人イスラム僧侶、ババ・ブーダン(ババ・バダン)と言われています。
1600年ごろ、ババ・ブーダンはメッカ巡礼の折にコーヒーを知り、帰りにイエメンに立ち寄ってコーヒーの種を7粒、密かに持ち帰ったといわれています。

当時、コーヒー豆は厳しく管理されており、種や苗木をイスラム圏の外に持ち出すことは固く禁じられていました。
飲料用のコーヒー豆は、すべて一度お湯に通し、発芽不能な状態にして輸出されていたくらいです。

しかし、ババ・ブーダンは厳重な管理の目をかいくぐり、コーヒーの種をインドに持ち帰ることに成功、インド南部のマイソール丘陵地に種を植えました。
そのうちの一粒が無事に発芽し、現在のインドコーヒーのルーツになったといわれています。

その後インドはイギリス領となり、紅茶の産地として有名になっていきます。
これには、統治国であるイギリスで紅茶が流行したこと、18世紀後半にインドのコーヒーが伝染病で全滅したことが影響しています。

しかし現在ではコーヒーの産地としても復活し、世界第5位のコーヒーの生産国です。
ただし世界シェアは5%程度ですが。

インドコーヒーで現在日本で入手できるものでは、モンスーンと呼ばれるコーヒーが比較的有名です。

大航海時代、インドからコーヒーをヨーロッパに輸送するのに、帆船で半年かかりました。
収穫時にはきれいな緑色だったコーヒーも、船倉に置かれることで金色に変わりました。
このコーヒーはまろやかで独特の風味を持っていたといわれています。

時代は進み、輸送手段が帆船から蒸気船に変わり、スエズ運河が開かれると、インドーヨーロッパ間の輸送期間は大幅に短縮され、金色のコーヒーは姿を消しました。

しかしこの、インドを想起させるコーヒー豆は多くの人がその風味を懐かしみ、黄金のコーヒーを求める声は日増しに高まりました。そこでインドでは、5~7月に吹く貿易風の時期を利用して、黄金色のコーヒーを再現し、現在も作り続けています。

収穫されたコーヒー豆は袋に詰められ、風通しの良い倉庫に、コーヒーに風が当たるように間隔をあけて置かれます。
コーヒーは数日ごとに袋を詰替えて再度配置されます。
6~7週間後には緑色のコーヒーは黄金色のコーヒーになり、モンスーンコーヒーとして出荷されていきます。

なんだか美味しそうですね。
私も、記事を書きながら飲んでみたくなりました。
機会があったら、仕入れてみようと思います。



美味しいコーヒーの産地 ~イエメン


エチオピアがコーヒー発祥と言われていますが、実はイエメンをコーヒーの発祥とする伝説もあります。

いずれにせよ、イエメンはコーヒーの歴史には欠かせない重要な地域です。
モカコーヒーの名は、かつてイエメンの「モカ港」にコーヒーが集積されて出荷された事にちなんでつけられた名です。
(現在は砂に埋もれて、港としての機能はありません)

モカ港には、エチオピアとイエメンのコーヒーが集められました。
そもそも、15世紀まではこの限られた地域でのみ、コーヒーは生産されていたのです。

現在モカコーヒーと呼ばれるものは、

・モカ・シダモ(エチオピア)
・モカ・ハラー(エチオピア)
・モカ・マタリ(イエメン)

このように、産地名を後ろにつけて区別しています。
もちろん、モカを名乗れるのはエチオピア産、イエメン産コーヒーのみです。
ただし、イエメンのモカ・マタリは必ずしもマタり地方のコーヒーを指すわけではなく、イエメン全地域のコーヒーを指して呼ぶようです。
(もっと高級なイエメン産コーヒーには、村の名前が付きます。)

イエメン産コーヒーは、品種改良種ではなく、コーヒーの原種そのものが現在も栽培され続けています。
風味はモカコーヒーに特徴的な、浅煎りならベリーのような甘酸っぱい香りを有し、深煎りはとてもすっきりとして、
チョコレートの様な余韻が残ります。

イエメンのコーヒーは、標高が1000~3000mの斜面を利用したり、ワジと呼ばれる涸れ谷の周辺で栽培されています。
大規模な農園はなく、家族経営の小規模な農園で、コーヒーは栽培されています。
イエメンの山岳に暮らす部族は誇り高く、先祖伝来の土地を他人に売ることなく伝承し続けているのです。
また、畑の一部で穀物や野菜なども作って自給自足の生活を送っています。

コーヒーの生産技術も伝統的なもので、収穫したコーヒーは天日で乾燥した後に石臼で周囲の果肉、殻を取り除きます。
すべて手作業のため、生産量は限られ、したがってイエメンのコーヒーは他の産地よりもはるかに高値で取引される貴重な物です。

現在、イエメンは内戦状態にあり、コーヒーの供給も殆ど止まってしまっています。
日本にも限られた量しか入荷されず、ますます貴重なコーヒーとなりつつあります。

一日も早く内戦が落ち着いて、美味しいコーヒーが安定して供給できるようになることを願っています。